指圧をときどき受けている。
あんま指圧マッサージ師さんという、国家資格をお持ちの指圧師さんが、施術するいわゆる手技の療法。20世紀前半に、浪越徳治郎(なみこしとくじろう)さんが開発して始まった、日本発のものなのだそう。
浪越徳治郎さんというと、
指圧の心は母心、押せばいのちの泉湧く
というキャッチフレーズが有名だった。

今日も約1か月ぶりで行ってきた。本当は、3週間に1回くらい定期的に行くのがいちばんいい。からだのコンディションがなにかにつけて、仕事もそうだし、いろんなことに影響してくるのだから。
もっとセルフケアをだいじにしないと…と施術中に毎回思いつつ、結局行くのは「ああ、疲れた・・・そうだ、指圧を予約しよう」になっている。疲れた状態が、どうも自力では回復が難しいだろう、という段階になって、はじめて、そうだ。〇〇先生の指圧を、と思い電話をかける。懲りない。
「カタイですね」これははじめに施術される、首や肩や背中のことだ。
ここから、この1か月近くのパソコンやら大急ぎやら、自分の心身の使い方を始めて振り返る時間になる。前回来たときはああだったなあ、とか。
生きている。循環している。
そこからはじまり、一時間。全身。時々、先生と話す。
あっさりしつつも気配りもさすがのベテランの女性の先生で、その距離加減がとても楽で心地よい。
心的に近すぎても、遠すぎてもちょっと違うのだ。
途中で気持ちよく意識が遠ざかり寝てしまうことも多いだけど、今日はめずらしく寝なかった。緊張や疲れが指圧でほぐされて、呼吸が深くなるのが自分でもわかるのだ。
こういった、人の呼吸やリズムを読み、重なり合うような繊細な施術は、ロボットにはできないことなのだろう。これは、生命体としての人と人との間にしか、発生しえない。だから、指圧の心は母心だし、いのちの泉も湧いてくるのだろう。
疲労を通り越して疲弊の段階にいる気がしていたが、施術も終わりに近づくころには、自分の体の中で、なにか活性化されて、また生きる力が湧いてきた夜だった。
ここでも命×命がふれあって循環していたね。
手がとてもとても、温かかった。施術家の手。生きている、生命の温かさ。
